フジテレビ『バイキング』で放送された「姫路城の11大ミステリー」まとめその前編

この記事の所要時間: 553

姫路城

2016年1月11日のフジテレビ『バイキング』は大人の修学旅行SP「姫路城の11大ミステリー」でした。

姫路城行きたいですねー。美しいです。

私の感想はさておいて行きましょう。


参加者は本郷和人さん、相模忍さん、おかずクラブのゆいPさん、アナウンサーの榎並大二郎さん、山本陽子さん、野々村真さん。

本郷和人さんは、NHK大河ドラマ『平清盛』の監修をした、当供養大学教授です。

純白の姿から、別名白鷺城とも呼ばれる姫路城。

黒田官兵衛が城主であり、豊臣秀吉に献上した城。しかし徳川家康の時代になると、家康の娘婿である池田輝政が城主になったという経路があります。


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姫路城ミステリー1:城壁を白くしたのは徳川家康が最初


大天守の隣に小さな天守、小天守があります。瓦の色を比べると、大天守の方が白い瓦になっています。

豊臣時代の城は黒いです。元々黒が主流でした。資料に残る織田信長の建てた安土城、豊臣秀吉が建てた大阪城などは黒くなっています。

黒は戦いの城。江戸時代になりもう戦いは無くなったので、政治の中心としての白い城になったのだとか。民衆を惹きつける美しい白にしたのだといいます。

徳川家康が作った城、名古屋城、駿府城、江戸城などは全て白くなっています。



姫路城ミステリー2:400年間攻めこまれなかった不戦の城


徳川家康の天下統一後も、江戸から遠い西の大名には敵が多かった。反乱を起こす可能性もありました。

そこで家康は攻める気を無くすほど、様々な仕掛けを施した最強の城として姫路城を建てたといいます。


菱の門


入場口から菱(ひし)の門へ。上の部分に菱型のマークがあるためこの名前があります。

この門はやぐら門といい、上に兵士がいるスペースがあります。門を攻めようとした兵士を鉄砲や弓矢で攻撃するためのもの。

また石落としと呼ばれる、石や熱湯を落としたり、鉄砲で敵を攻撃する穴もあります。


そして門の大きさにも工夫が。

この菱の門がもっとも大きな門で、奥に、つまり天守に近づくほど門が小さくなっていきます。敵が攻めづらくなるようにです。


三国堀


菱の門をくぐって三国堀のある場所へ。ここにも仕掛けが。

門をくぐるとすぐに道が3つにわかれています。正面と左右。

攻める側としては、天守へ向かうための近道を通ろうとするのが当然。すると正面ルートが一見近そうに見えます。

ところが、実はこの正面のルートが最も遠いルート。

わざとクネクネした道にしてあり、しかも進行を阻む門が11個もあるそうです。


距離でいうと天守までに一番近いのは右ルートだそうです。ここは門が死角に作られていて敵が気づきにくい仕掛けになっています。

門というか城壁にこしらえた穴という感じです。しかも敵が来たらすぐに土砂で門を埋めてしまうそう。


そして左ルートは、すぐに天守へ遠ざかるような道のため、そもそも敵はこのルートを選びません。


狭間


城壁には狭間(さま)と呼ばれるものがあります。狭間は壁に作られていて、ここから鉄砲や弓矢で体を狙い撃つための穴です。

姫路城内にはこの狭間が997個現存しているそうです。昔は2500個以上もあったそうですよ。

狭間には、丸、三角、四角の形があります。これは、形で担当を決めすぐに配置につけるようにするためとのこと。


西の丸


一行は左ルートを選び、西の丸へ。

ここには観光客に一番人気の絶景スポットがあるそうです。

ここからは天守が非常に美しい角度で見ることが出来、多くの観光客が記念撮影するそうです。


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姫路城ミステリー3:城壁に刺さった無数のクギ


西の丸エリアの城壁へいくと、クギが刺さっています。ここには昔、黒い網をかけていたそうです。

これは昭和になってからのもの。ここだけに限らず、姫路城は昭和の頃黒い網をかけていたそうです。

その理由は、空襲から守るため。

戦時中、姫路は2度に渡る大空襲にあったそう。白いと上空から丸見えで、絶好の標的にされてしまうため、黒い網で目立たなくさせていました。

そのおかげで、街は焼け野原になりましたが、姫路城は空襲を免れたのだそうです。


悲劇のヒロイン千姫の人生


同じく西の丸には、千姫が住んでいた場所があります。

徳川家康の息子が徳川秀忠。その長女が千姫。家康からみると孫に当たります。

7歳という若さで豊臣秀吉の嫡男・秀頼と政略結婚させられます。ですが大阪夏の陣で夫・秀頼は自害。千姫は家康により救出されたそうです。

そして新たな夫と結婚し、姫路城に移り住んだそう。一男一女に恵まれましたが・・・、

長男・幸千代は3歳で亡くなります。そして夫も病死、さらに他の親族も次々に亡くなります。


姫路城ミステリー4:怪談話「播州皿屋敷」の呪われた井戸は姫路城内にあった


一行は西の丸から菱の門へ、正面を通って右の二の丸エリアにある井戸へ。

お菊井戸と呼ばれています。落ちないよう、金網で蓋がされています。

「播州皿屋敷」と言えば「一枚、二枚・・・」で有名な怪談話。その舞台というのがこの井戸とのこと。


現代になってから人気が出た坂


文字なので伝わりにくいですが、二の丸エリアから天守へ向かうルートの途中にある坂。

こちらが現代になってから人気が出たそうです。その理由は、暴れん坊将軍のロケ地だから。

「将軍坂」と呼ばれるようになったそうです。


もう1つ人気の理由が、「はの門南方土塀」という看板の横に立ち、スマートフォンをかざすと、当時の戦の様子、鉄砲を持った兵士が狭間から敵を打つシーンが再現されます。

こような解説が全8箇所で楽しめるのだそうです。



姫路城ミステリー5:黒田官兵衛が残した隠し十文字


将軍坂を登り、はの門をくぐってすぐ。やぐらのところに小さな十字のマークが。

これはキリスト教の十字架で、黒田官兵衛はキリシタンだったので、家族がこれを残したのでは?という説があるそうです。

ちなみに黒田官兵衛がかつて統治していた時代の姫路城は、城ではなく、ただの武家屋敷のようなものだったそうです。


まとめ


  • 城壁を白くしたのは徳川家康が最初
  • 400年間攻めこまれなかった不戦の城
  • 城壁に刺さった無数のクギ
  • 怪談話「播州皿屋敷」の呪われた井戸は姫路城内にあった
  • 黒田官兵衛が残した隠し十文字

後編は姫路城ミステリーの続きと、姫路城城下町にあるオススメスポットです。

フジテレビ『バイキング』で放送された「姫路城の11大ミステリー」まとめその後編

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