大河ドラマ『真田丸』を楽しむのに知っておいたほうが良い知識 – 真田幸村の本当の名前と他にもある名前

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来年の大河ドラマが『真田丸』ですね。ちょっと前にキャストが発表されたことで急上昇ワードにもなっていました。

私も期待しています。何せ今の大河が・・・何も言わないでおきます(笑)。

一歴史好きとして今度の『真田丸』についてのエントリを今後増やしていきたいと思っています。

その第一弾として、有名ですが真田幸村の本当の名前、またそれ以外の名前も合わせてまとめました。

2015/10/24に追記しました。

本当の名前


最近はよく認知されているような印象も受けます。

正しい名前は「真田信繁(のぶしげ)」です。

では本当の名前ではない「幸村」という名前はどこから来たのでしょう?

これは江戸時代・元禄期の小説『真田三代記』によります。これが当時の庶民の数少ない娯楽の1つ、講談により広く知られることになり、そのころから「幸村」という呼び名が定着していったそう。

ちなみにこの小説にはいわゆる『真田十勇士』のモデルとなる人物が何人か登場します。

一応言っておくと『真田十勇士』も完全なる創作です。

追記:別の資料を手に入れたので追記します。「幸村」という名が始めて登場したのは江戸時代書記の軍記物『難波(なにわ)戦記』とのことです。

さらになぜ「幸村」という創作名が登場したのか、ですが、一般的な理由として、真田幸村は徳川家康に切腹を覚悟させるほど苦しめた存在であるため、本名でその活躍を語り継ぐのは徳川幕府の時代には難しかったから、といわれています。


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知っていると役立つ?他の呼び名


真田幸村の名前は「信繁」だけではありません。それ以外の名前もご紹介しましょう。

真田左衛門佐信繁


「左衛門佐」というのは官職名で「さえもんのすけ」と呼びます。元々は宮廷の門を守る役職ですが、武士の時代になってからは宮廷の仕事とは関係なく授与されるようになったようです。

全体では「さなださえもんのすけのぶしげ」になります。

『真田丸』ではどういう演出になるか分かりませんが、当時人のことを官職名で呼ぶことは普通にあったので、この名前がドラマで登場する可能性は高いと思います。知っておいて損は無いでしょう。

ちなみにまったく関係ないですが「左衛門佐」でググるとアニメ『ガールズアンドパンツァー』の「左衛門佐(さえもんざ)」というキャラクタがヒットします。「さえもんざ」はあくまでこのキャラの名前なのでお間違いなきよう。でもそう読んじゃいますよね(^^;


真田源二郎(源次郎?)


一応読み方を書いておくと「さなだげんじろう」になります。

これは幼名です。ちなみに兄の真田信幸(後に信之に改名)の幼名が源三郎であることから、実は幸村の方が兄なのでは?という説がありますが、これは否定されているようです。

なぜこんなことが起こっているのか?については別のエントリで書くかもしれません。

源次郎という名前も登場しますがどちらが正しいのかはちょっと分かりません。私の持っている資料では源二郎だったのでこちらで紹介します。

2015/10/24追記:幼名は幼名ですが、少年期の名前です。


弁丸


こちらは幼少期の幼名です。


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好白


これは出家した後号した名前です。真田幸村と父昌幸は関が原の戦いで西軍についたため、敗戦後紀伊(和歌山県)の九度山に流され、そこで生活をおくることになります。

この流刑先で昌幸は病気により他界。その後幸村は出家し、この名前を名乗りました。

ちなみに九度山、というと「山の中に監禁されたのかな?」というイメージが湧くかもしれませんがそうではないです。これは地名です。

現在の和歌山県にも九度山町という地名が存在します。当時の九度山と同じ場所かどうかは分かりませんが参考までに地図を表示しておきます。




まとめ


第一弾ということで無難?な話題から入りました。

私は元々世界史のほうが好きな人なので日本史はめちゃくちゃ詳しいわけではないですが頑張っていこうと思います。

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