大河ドラマ『真田丸』キャストと配役武将の紹介 – 滝川一益役の段田安則さん

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大河ドラマ『真田丸』キャストと配役武将の紹介をしていく第2弾です。今回は滝川一益(かずます)役の段田安則さんです。

武将のバックグランドを知っておけばドラマも楽しめることまちがいなしですから、お役に立てれば幸いです。


段田安則さん


以下はWikipediaよりの引用です。

立命館大学文学部日本文学専攻を中退後、劇団青年座附属の青年座研究所に入所し、第5期生として1981年に卒業。同年、野田秀樹主宰の劇団「夢の遊眠社」へ入団し、1992年の劇団解散まで主力俳優として活躍する。その後も多くの舞台に出演し、2009年の『夜の来訪者』では演出にも挑戦している。
テレビドラマでは『スウィート・ホーム』や『長男の嫁』などでの温和な役柄で知られるが、『聖者の行進』では迫真の悪役ぶりを見せるなど、シリアスな演技もコミカルな役所も巧みにこなす俳優として活動している。大石静作品の常連役者でもある。



舞台で鍛えた経験を元に、ブレイクするべくしてブレイクした役者さん、という印象です。

ブレイクのきっかけとなったのは1996~1997年のNHK連続テレビ小説『ふたりっ子』です。

大河ドラマでは『翔ぶが如く』、『太平記』、『秀吉』と出演されています。特に『秀吉』では今回の『真田丸』と同じ滝川一益役でした。

来年の『真田丸』で「滝川一益といえば段田安則」という評判ができるかもしれませんね。

所属しているシス・カンパニーにもプロフィールがほとんどなく、結婚はされているようですが、これまた詳しい話も一切ない、謎多き人物でもあるようです。


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織田四天王の1人、滝川一益(たきがわかずます)公


滝川一益は織田家の重臣です。織田四天王の1人と言われます。ちなみに他の3人は、柴田勝家、明智光秀、丹羽長秀です。

さらに、羽柴秀吉(豊臣秀吉)を加え、織田五大将とも言われます。

とにかく、それくらい織田信長の信頼の厚い武将だったということです。


滝川一益は忍者?


滝川一益は甲賀忍者であったというのは有名な話です。これは出身が近江国(滋賀県)甲賀郡だからということだからです。

滋賀県甲賀市甲賀町檪野(らくや)に滝川城跡があり、ここが滝川一益の居城であったと言われています。

ですが出生ははっきりしておらず、また忍者ということを示す資料は存在していない、というのが実際のところです。

滝川一益は鉄砲に精通しており、それを買われて織田家に仕えた、と言われています。


※どうでもいい話ですが戦国時代のシミュレーションゲームでは鉄砲適性が高いことが多く、火薬に関係したスキルを持ってたりします。たとえば太閤立志伝5では「城門爆破」というスキルを持ち、非常に使えます。本当にどうでもいいですね(^^;)


真田家との関係


滝川一益が真田家と関係してくるのは武田家滅亡の後です。

織田信長の甲州征伐により、武田勝頼の武田家は滅亡します。滝川一益は武田勝頼を討ち取るという功績を立て、その戦後処理により、上野(群馬県)と信濃(長野県)の一部を所領として与えられます。滝川一益は上野に入り統治します。

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一方、真田家の真田昌幸は、武田家滅亡を機に大名としての道を歩みます。とはいっても所領は真田郷(長野県上田市の一部)と沼田(群馬県沼田市)のみ。これで独立は無理。真田昌幸は生き残りのため、従属する大名を探します。

そして目をつけたのが織田家。かつての主君を滅亡させた仇ですが、もっとも勢力を誇っていたのも事実。情勢を冷静に判断する真田昌幸の慧眼が光ります。

織田家に臣従を誓った真田昌幸は、滝川一益の与力(寄騎とも書きます、簡単にいえば傘下に入るということです)となり、真田郷については所領を安堵(統治しても良いというお墨付き)を得ます。

しかし沼田城は接収されてしまいました。接収された沼田城には滝川益重(ますしげ)が入ります。滝川一益の甥とも従兄弟とも言われる人物です。


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本能寺の変後


この後まもなく、本能寺の変が起こり、織田信長は横死します。ここぞとばかり、北条家がかつての所領であった上野を取り戻そうと兵を差し向けます。

こうして滝川一益対北条氏政の神流川(かんながわ)の戦いが始まります。この戦いで滝川一益は敗れ、元々の本拠地であった伊勢(三重県)へ逃れます。

ちなみに、滝川一益は織田4天王の1人ですから清須会議に出席する権利がありました。ですがこの敗戦を恥じ会議に参加しなかった、という説があります。

その後、旧武田領は徳川・上杉・北条・その他の大名たちによる猛烈な争奪戦の舞台となります。真田昌幸もこの機に乗じ、接収されていた沼田城を取り返しました。


滝川一益のその後


清須会議後、羽柴(豊臣)秀吉対柴田勝家の対立が明確になります。滝川一益は柴田勝家側につきますが、柴田勝家は賤ヶ岳の戦いで秀吉に敗れてしまいます。羽柴秀吉により、滝川一益はすべての所領を没収され大名から転落、出家します。

しかし、1584年に羽柴秀吉対徳川家康の戦いである小牧・長久手の戦いが起こると、滝川一益は秀吉側で参戦、戦後所領を与えられ、大名に返り咲きます。

そして1586年に死去しました。


まとめ


段田安則さんは大河ドラマ『秀吉』につづいて2回目の滝川一益役です。『秀吉』をご覧になった方なら、演技の違いを見てみるのも面白いかもしれませんね。

滝川一益は一時期真田家の主君のような立場でしたから、真田昌幸・幸村親子が彼に挨拶に行くなどのシーンがあるのではないでしょうか。

真田昌幸の沼田城奪取には直接関係はしていませんが、何かしらの絡みがあるかもしれませんね。

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