大河ドラマ『真田丸』キャストと配役武将の紹介 – 上杉景勝役の遠藤憲一さん

この記事の所要時間: 532

大河ドラマ『真田丸』のキャストと配役武将の紹介第3弾です。今回は上杉景勝役の遠藤憲一さん。

早速行きましょう。

遠藤憲一さん


公式サイト

知らない人もいないでしょう。大ベテランの俳優さんですね。

強面なことで悪役が多かったそうですが、最近はコメディ役も多いそうですね。

お顔は怖いですが、本人はいたって良い人で、恐妻家らしいです(^^

時代劇も良く出演されていて、大河ドラマだけでもこれだけあります。

翔ぶが如く 第45・46話(1990年) – 永山弥一郎 役
秀吉(1996年) – 佐久間盛政 役
北条時宗(2001年) – 三浦光村 役
武蔵 MUSASHI(2003年) – 原田休雪 役
平清盛(2012年) – 北条時政 役

情報源: 遠藤憲一 – Wikipedia



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大河ドラマの常連と言っても過言ではないかもしれません。

後、ナレーションを良くされていることでも有名です。ドラマとは関係ないかもしれませんが・・・。


そんな遠藤憲一さんには弱点があるそうです。

そんな向かうところ敵なしの遠藤にも、思わぬ「アキレス腱」があった。それは、リズム感の欠如だ。「民王」で歌手のmiwaが歌う主題歌「ストレスフリー」に合わせて、赤いスカーフを振りながら出演者総出で踊るエンディングのシーンがある。当然、遠藤も参加したが、練習で顔は引きつり、口はパクパク、足と手が一緒に出るありさま。その場で覚えきれず、ダンスのDVDを自宅に持ち帰り、夫人の協力で振り付けを練習した。だがあまりの覚えの悪さに、夫人がマジ切れしたという。

情報源: 夫人もマジギレ!?コワモテ俳優・遠藤憲一がどうしてもできないある弱点とは? | アサ芸プラス


リズム感が無いとは、個人的にはイメージ通りです(失礼!)

ですが今回は時代劇ですから問題無いでしょう。『敦盛』を踊るシーンでもあれば話は別ですが(笑)。

年齢がネック?


役柄の上杉景勝は、後述しますが一時期真田幸村を人質として迎え入れています。上杉景勝と真田家のほとんど唯一と言って良い接点です。

ですがその頃の上杉景勝は30代。54歳の遠藤憲一さんではさすがに年齢が合わなそうな気もします。

まあそこまで厳密に当時の戦国大名の年齢を知っている人もいないでしょうから良かろうとは思いますが(^^;



上杉謙信公を継いだ上杉景勝公


上杉謙信公の後を継いで上杉家当主となった人です。

上杉謙信は仏門に入ったことで、当然妻も子供も居ませんから、上杉景勝は謙信の子ではありません。

長尾政景という人が父親になります。そして母が謙信の姉です。なので、上杉謙信の甥ということになります。そして謙信の養子になり、育てられました。

謙信が亡くなると、御館(おたて)の乱というお家騒動の果てに、後を継ぎます。

本能寺の変後台頭した豊臣秀吉とよしみを結び、臣従しました。


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真田家との関わり


一方武田家滅亡後、真田昌幸は大名としての道を歩みますが、所領はごくわずかの小大名の身。後ろ盾がどうしても必要です。

そこで真田昌幸は、情勢の変化に応じ、次々と傘下に入る大名を鞍替えします。

順番で言うと、



織田家→北条家→徳川家→上杉家→豊臣家



という順番になります。上杉家が4番目にありますね。


まず織田家。織田信長配下の滝川一益の寄騎(よりき)となることで本領(真田郷)を安堵されます。滝川一益についてはこちら。

大河ドラマ『真田丸』キャストと配役武将の紹介 – 滝川一益役の段田安則さん


本能寺の変が起き、織田家に混乱が起こると、北条家に付きます。ですが北条家はとりあえずの主上でした。

織田家の混乱に乗じ甲斐を手に入れた徳川家康が、より当てになると見て徳川家康につきます。

この時、昌幸は三田幸村(信繁)の兄、信幸(信之)を人質として徳川家康に送っています。

ですがこの徳川家康とも領土問題により喧嘩別れをし、今度は上杉家の傘下に入ります。


真田幸村は上杉家・豊臣家の人質に


この時、真田昌幸は真田幸村を人質として上杉家に送っています。

ですがこれも一時のもの。真田昌幸が徳川軍を打ち破った戦いとして名高い第一次上田合戦の最中、すでに真田昌幸は上杉家に変わる、もっと頼りがいのある大名に近づいていました。それが豊臣家、すなわち豊臣秀吉です。

真田昌幸は上杉景勝が上洛中で留守の間に、真田幸村を呼び戻し、今度は豊臣家に人質として送り込みました。

上杉景勝は人質に逃げられる、という恥を晒すことになってしまいました。ですが臣従している豊臣秀吉が相手では何も言えません。

上杉景勝と真田家の関わりはここまでになります。


その後の上杉景勝


真田家との関わりが終わったので軽くまとめます。最後に少しだけありますが。

豊臣秀吉に臣従している上杉景勝は、小田原征伐や朝鮮出兵にも参加しています。

その功績によるものか、豊臣政権の五大老になります。

秀吉死後、徳川家康と対立、そしていわゆる直江状により徳川家康は会津征伐に向かいます。上杉景勝はこれを迎え撃つつもりでしたが、石田三成が挙兵。徳川家康は取って返しご存知関ヶ原の戦いへと歴史は進みます。

当然西軍として参加した上杉景勝は、関ヶ原の戦いそのものには参戦していませんが、東軍についた伊達政宗らと戦います。

戦後、改易(「かいえき」お取り潰し)こそ免れたものの、大幅にその領土を没収され、大大名から小大名へとなってしまいました。

その後の大阪冬の陣、夏の陣では徳川方として出陣しています。とはいえ真田幸村と戦ったわけではないようです。

そして上杉米沢藩主としての生涯を過ごしました。


まとめ


上杉景勝を演じる遠藤憲一さんは大河常連と言っても良いくらいのベテランさん。演技の不安は無いでしょう。

年齢のギャップの不安はあるかもしれませんが、どうでしょうね。

上杉景勝と真田家の交わりは、真田幸村が上杉家の人質として派遣されたこと。ですがそれ以外にも何かしらのフィクションの接点を作ってくるかもしれませんね。

人質を勝手に呼び戻された上杉景勝は激怒したことでしょう。このシーンがあれば見応えがありそうです。

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